訪問回数は多いのですが、じっくりと時間を掛けての訪問が出来なかったのが残念です。私の好きな備前地方の風景の中を走る非電化私鉄でしたからもっと行っておけば良かったと思っても後の祭りです。2回目の85年の訪問の時は日航123便墜落事故の翌日で、生存者発見のニュースを伝える車のラジオから耳が離せなかったことが強く印象に残っています。
1975年1月9日、1985年8月13日、1986年夏、1988年4月中旬撮影
2006年1月28日製作

最初は通り掛りに和気で下車、吉井川の土手まで行ってみると上りの貨物がやって来て冬の夕日ギラリを見せてくれました。この時は乗車はしていません。本和気、和気間

昭和50年1月9日撮影

和気に戻ってホームへ行ってみると正月飾りを付けたオリジナル車、キハ312が発車待ちしていました。和気

昭和50年1月9日撮影

次は10年後、車での訪問です。朝の上り混合列車を捉えましたが夏休み中のため客車は1両だけでした。トキに積んだコンテナも異様です。吉ケ原

昭和60年8月13日撮影

少し和気寄りの開けた区間で撮影した下り貨物列車です。勾配を上るDD13の排気が豪快です。吉ケ原、美作飯岡間

昭和60年8月13日撮影

国鉄払い下げでキハ41000形の面影を伝えるキハ303号の上りです。吉ケ原、美作飯岡間

昭和60年8月13日撮影

どこからどこへ行ったのか全く記憶にありませんが写真は残っています。86年頃と思いますが、小坂鉄道から2両の気動車が移って活躍していました。周匝、美作飯岡間

昭和61年夏頃撮影

上と同じ時に写したキハ303号ですが、5枚目の同車の写真と比べると前面車番の位置が変更されたのが判ります。天瀬、河本間

昭和61年夏頃撮影

片上へ行ったのはこの時だけで、この客車列車に和気まで乗車しましたが、開放デッキ付きの客車は回送締め切りで元国鉄オハフ33にしか乗れなかったのが残念でした。片上

昭和63年4月中旬撮影