最南端の路面電車、鹿児島市電は今まで3回訪問していますが、今回は95年を除いた70年代の2回に写した写真をご覧いただきます。清水町へ行く味わいのある路線などが廃止されたのは残念ですが、超低床車の導入などで盛業中なのは喜ばしい限りです。当時の車両は類似のスタイルに統一されており、変化の点では少し物足りなく感じましたが、沿線は変化に富み撮影を楽しむ事が出来ました。
1976年3月14日、1978年7月12日撮影
2007年6月9日製作

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急行「えびの」で到着した早春の西鹿児島駅前は南九州らしい夕日に照らされていました。西鹿児島駅前

昭和51年3月14日撮影

噴煙を上げる桜島を横目に西鹿児島駅前を通過する600形です。西鹿児島駅前

昭和51年3月14日撮影

同じ場所で写した広告塗装の800形です。パンタグラフが車体中央にあるのは何か変な感じがします。西鹿児島駅前

昭和51年3月14日撮影

一方の終点、鹿児島駅前に並ぶ500形と800形です。500形新造時は都電7000形同型の2枚窓だったそうです。鹿児島駅前

昭和51年3月14日撮影

今は水族館前となった県庁前で写した600形2両です。白帯の有無の意味するところは不明です。県庁前

昭和51年3月14日撮影

市役所前の分岐で清水町方面に曲がる800形です。今はこの分岐線は廃止されてしまいました。市役所前

昭和51年3月14日撮影

同じ場所を別の方向から写しました。背景にポイント操作塔が写っています。市役所前

昭和51年3月14日撮影

鹿児島本線がトンネルでくぐる城山公園をバックに写した500形です。画面右手から線路は専用軌道となります。私学校前

昭和51年3月14日撮影

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